ページ

2024年11月10日日曜日

アブラハムの模範

日本基督教団足立梅田教会(東京都足立区梅田5-28-9)


説教「アブラハムの模範」

ガラテヤの信徒への手紙3章7~14節

関口 康

「だから、信仰によって生きる人々こそ、アブラハムの子であるとわきまえなさい」(7節)

今日の聖書の箇所は、使徒パウロのガラテヤの信徒への手紙3章7節から14節までです。

この手紙のパウロは、最初から最後までけんか腰です。聖書に慰めを求めて読むとがっかりする可能性がある文書であるということを、あらかじめご承知置きいただきたく願います。

1章1節からけんか腰です。

「人々からでもなく、人を通してでもなく、イエス・キリストと、キリストを死者の中から復活させた父である神とによって使徒とされたパウロ」

これで言いたいのは、この手紙を書いているわたしパウロは、人間によって使徒にされたのではなく主イエスと父なる神によって使徒とされた者なのだから、これからわたしが言うことを黙って聞きなさいと言っているのと同じです。

1章6節から事件の概要です。

「キリストの恵みへ招いてくださった方から、あなたがたがこんなにも早く離れて、ほかの福音に乗り換えようとしていることに、わたしはあきれ果てています。ほかの福音といっても、もう一つ別の福音があるわけではなく、ある人々があなたがたを惑わし、キリストの福音を覆そうとしているのです。しかし、たとえわたしたち自身であれ、天使であれ、わたしたちがあなたがたに告げ知らせたものに反する福音を告げ知らせようとするならば、呪われるがよい」。

私が手塩にかけて育てたあなたがたに伝えたこととはまるで違う教えに、よくも早々と乗り換えようとしているのは一体何ごとか、と言っているのと同じです。「呪われよ」とまで言い出すと辛辣さがピークです。激辛です。

この手紙のすべてを一気に読むわけに行きませんので、かいつまんだところをピックアップしていきます。1章12節から始められるのは、パウロの証しです。

わたしパウロは先祖代々ユダヤ教徒の家庭に生まれ育ち、「神の教会」(キリスト教会)を迫害し、滅ぼそうとしていたほど熱心なユダヤ教徒でした。しかし、そのわたしを神が「母の胎内にあるときから選び分け、恵みによって(使徒として)召し出してくださった」と言っています。

これで言おうとしているのは、自分の意志によらず、あるいは自分の意志に反して、このわたしパウロはキリスト教徒になり、キリストの使徒になったということです。

彼が目指していたのは、ユダヤ教の律法学者です。当時のユダヤはローマ帝国の属国でしたが、そのユダヤを統治する最高権力者会議たる最高法院(サンヘドリン)の議員になることが究極の夢でした。

最高法院の議員数は70名。議長・副議長を合わせれば71名か72名。そのメンバーはエリート中のエリートでした。

パウロはそれを目指してがんばっていましたが、その自分がなりたかった、なろうとした者にはなれず、就きたかった職業には就けず、最も忌み嫌っていたキリスト教徒になりました。自分の意志ではなく、神が決めた進路に進ませられることになったというニュアンスです。

パウロがキリスト者になったばかりの最初の頃にお世話になった人がいました。それが生前の主イエスの一番弟子、使徒ペトロです。1章18節以下の「ケファ」は使徒ペトロです。「ケファ」(アラム語)も「ペトロ」(ギリシア語)も「岩」という意味です。

「それから三年後、ケファと知り合いになろうとしてエルサレムに上り、十五日間彼のもとに滞在しました」(1章18節)。

「それから三年後」(1章18節)はオリエントの数え方だそうで、その意味は「足掛け3年」ということで、「満」でいえば「2年」であると解説されている註解書があります。もしその解説が正しければ、「2年後」です。「アラビアに退いた」とか「再びダマスコに戻った」とか書かれています。その年数は書かれていませんが、年数よりも大事なのは、短期間だったことです。

5年も前ではなさそうです。「つい最近」と言える頃にはまだ熱心なキリスト教の迫害者、言い換えれば「教会の敵」であったこのわたしパウロにペトロは会ってくれた、ということはペトロがパウロを信用して受け入れたことを意味するわけですから、それだけでパウロにとってペトロは十分に恩人でしょう。

ところが、大事件発生。「その後14年経ってから」(2章1節)パウロは再びペトロに会っています。その場所はエルサレムでした(同上節)。この2人の3回目の会談が、今度はパウロがそのときいたアンティオキアのほうで行われました(2章11節)。

そのときです。パウロがペトロを面罵したというのです。パウロは、恩人ペトロを公衆の面前で怒鳴りつけました。そのときパウロが何を言ったかが、2章14節に記されています。

「あなたはユダヤ人でありながら、ユダヤ人らしい生き方をしないで、異邦人のように生活しているのに、どうして異邦人にユダヤ人のように生活することを強要するのですか」。

パウロの言い分は、ペトロを筆頭者とするエルサレムの教会の人たちが、洗礼を受けただけでは真のキリスト者ではなく、割礼を受けることによってこそ初めて真のキリスト者になることができる、というようなことを教える人たちにそそのかされて、その流れに飲み込まれ、異邦人教会に不当な圧力と過剰な負担を強いている、ということです。

生まれながらのユダヤ人たちは嬰児の頃に割礼を受けているので、儀式の最中はその痛みにきっと泣き叫んだでしょうが、恐怖の記憶が残っているわけではありません。しかし、異邦人の割礼の場合は、成人になってから受けるわけですから、とんでもない恐怖と痛みです。

「ああ、物分かりの悪いガラテヤの人たち、だれがあなたがたを惑わしたのか」(3章1節)

パウロは強い落胆を隠しません。パウロが言いたいのは、聖書を読んでごらんなさいということです。

「アブラハムは神を信じた。それは彼の義と認められた」(創世記15章6節)と書かれているでしょう。「律法を行ったから義と認められた」とも「割礼を受けたから義と認められた」とも書かれていないでしょう。

モーセの出現はアブラハムのはるか後です。モーセの律法が生まれるまで誰も救われなかったのですか。そんなはずはないでしょうと言っているのです。キリスト者はアブラハムの模範に従うべきであるとパウロは言っているのです。

その意味は、神を信じるだけでいい、それ以外の何も求められていない、割礼を受けなければならないだなんてありえない、ということです。

こうしなければ、ああしなければ真のキリスト者ではないと、キリスト教信仰にあれやこれやと追加される要求に一切惑わされてはならないと、今日の箇所が、そしてガラテヤの信徒への手紙全体が、強く激しく訴えています。

「人は律法の実行ではなく、ただイエス・キリストへの信仰によって義とされる」(2章6節)というのがガラテヤの信徒への手紙の中心テーマです。

教会も同じです。信仰だけでいいです。他になんにも要りません。手ぶらで大丈夫です。

(2024年11月10日 日本基督教団足立梅田教会 主日礼拝)