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| 日本基督教団足立梅田教会(東京都足立区梅田5-28-9) |
説教「相手を受け入れる」
ローマの信徒への手紙15章1~13節
関口 康
「だから、神の栄光のためにキリストがあなたがたを受け入れてくださったように、あなたがたも互いに相手を受け入れなさい」( 7 節)。
ローマの信徒への手紙14章 1 節から始まる「信仰の強い人」と「信仰の弱い人」についての話題も今日で 3 回目。同じ話を繰り返すだけなら「そろそろ飽きました」と言われかねません。
構造が単純な内容なので理解しやすさがあり、現実の場面を思い浮かべることも容易です。それは危険なことでもあります。特定のだれかに当てこすっているのかと誤解されかねません。「私のこと?」と感じた人がいると「当てこすりをされるなら教会に来ません」と決心されてしまうかもしれません。
「信仰」について「強い」の「弱い」の言われること自体が腑に落ちない人もいるでしょう。「信仰に強いも弱いもない」と言ってもらえるほうが安心するという人のほうが多いでしょう。しかし、パウロがそう言っています。聖書にそう記されています。それで話が複雑になります。
しかもパウロが取り上げている問題の中身をじっくり読むと、ありえない作り話ではなく、教会の中で何度も繰り返し起こってきたし、今も続く問題であることが分かります。
とはいえ、日本の教会の感覚を大なり小なり知っている人々にとっては、「強い」と「弱い」の関係が逆ではないかと感じるであろう内容でもあります。なぜならパウロは「信仰が強い人」とは、要するに「すべては自由だ」と言っているからです。
アルコールは制限しないと言っているほうが「信仰が強い人」であるとパウロは明言しています。それは逆で、制限している人のほうが「信仰が強い人」ではないかと直感的に思うし、実際にそう教える教会が今もあるでしょう。
私の参考書(A. F. N. レケルケルカー著)に興味深い言葉が記されています。パウロが彼自身をそのグループのメンバーに加える「信仰の強い人」のほうが、自分たちとの対比で「信仰の弱い人」と名付けただけではないかと。「信仰の弱い人」と名指されている人たち自身が自分たちをその称号では呼ばないだろうというわけです。
言われてみればそのとおりです。「信仰が強い人」こそが、教会分裂の張本人になっているかもしれないと、自分に問いかけるべきです。
「すべては自由だ」と主張する人たちがまとう客観的イメージには、危険な存在に似てくる面があるかもしれません。タイガーマスクというアニメを覚えておられますか。調べると、1972年の放送でした。私は小学 1 年生。
主題歌を覚えておられますか。歌詞はネットですぐ出てきます。「白いマットのジャングルに/今日も嵐が吹き荒れる/ルール無用の悪党に/正義のパンチをぶちかませ/行け行けタイガー/タイガーマスク」。
「ルール無用」は「悪党」だと、私は小学 1 年生で覚えました。「すべては自由」の側の人々は「悪党」に見える面があるようです。私の参考書にも、「強いと名乗る側に一定の自己顕示欲がある」と記しています。どこまでも公平な記し方です。
しかしまた、いま挙げた「信仰の強い人」を自称する人々の側の問題をパウロが全く自覚していなかったわけではないはずです。なぜそのように言えるかというと、パウロが求めているのはとにかく「和解」だからです。「信仰が強い」側が教会を制圧してはいけないと強く訴えています。
だからこそパウロは、教会の頭(かしら)なるイエス・キリストに主導権(イニシアティヴ)を譲ります。
「キリストもご自身を喜ばせようとはなさいませんでした」( 3 節)。
「私たちは、聖書が教える忍耐と慰めによって、希望を持つことができるのです」( 4 節b)。
「神の栄光のためにキリストがあなたがたを受け入れてくださったように、あなたがたも互いに相手を受け入れなさい」( 7 節)。
しかし、これでも問題は簡単には解決しないでしょう。パウロが記しているのは、キリストは「忍耐」されたのだから、あなたがたも「忍耐」しなさいということです。感じる人は次のように感じるはずです。「要するに、私たちって、我慢されているだけか」と。
「強い人たちは、弱い人たちのことを我慢しているというわけですね。つまり、自分たちが我慢しなくて済むように弱い人たちに早くいなくなってほしいと思っているということでしょうか」と。
我慢にも限界がある。堪忍袋の緒はいつか切れますよと。こういう話になると、かえって事態がこじれるでしょう。
この点に関しても私の参考書(レケルケルカー著)はどこまでも公平です。「教会内の論争は、忍耐は強い者のためにあり、慰めは弱い者のためにある、というような問題では決してない」と記してくれています。
それだけでなく「強い人の弱さ」という表現まで出てきます。この表現に私は驚きました。その意味は文脈から明らかです。「強い」と自称する側の人は「弱い」人を最終的には受け入れておらず、「早くいなくなってほしい」と願いながら、我慢しているだけだということでしょう。
日本基督教団の1941年創立以来、85年経ても全く収束しない内部分裂の原因は、それではないでしょうか。「出ていくのはあの人たちだ」と。
昨日ファン・ルーラーのオランダ語の著作をエーアイの助けを得ながら読んでいました。
私も直接指導を受けた神戸改革派神学校元校長の牧田吉和先生の著書『改革派信仰とは何か』(初版1999年、聖恵授産所出版部)で「アヤックスとフェイエノールトを楽しむことこそ聖化の本質である」というファン・ルーラーの言葉が紹介されて、日本の教会で話題になったことがあります。
この発言以外にもファン・ルーラーが「サッカー」について書いている論文がいくつかあるので、私はそれを昨日調べていました。
アヤックスもフェイエノールトもオランダの有名なサッカーチームです。半世紀前の日本文化でたとえれば「巨人-阪神」と言うのと似ています。「後楽園球場(現東京ドーム)で巨人-阪神を楽しむことこそ、聖化の本質である」と言うのと大差ありません。
ファン・ルーラーが「サッカー」について論文の中で盛んに言及しはじめたのは、1960年代になってからです。1970年に62歳で突然亡くなるまでの10年前くらいからなので、50代の頃からですが、このファン・ルーラーの「サッカー発言」がオランダの教会と社会に激しい論争を引き起こしました。
昨日、私が調べたかったのは、ファン・ルーラーのこの発言の背景と動機です。判明したのは、60歳近くなったファン・ルーラーが、40歳差ほどある20代の神学生たちの「若者文化」を受け入れる意味があったようだ、ということです。こう書いている箇所があります。
「ある学生(een student)が私に言いました。日曜日の朝は聖餐式にあずかりました。午後はスタジアムでサッカーを観戦しました。その後、教会の夕礼拝でカテキズム説教を聴きましたと。これこそが完全なキリスト者であり、申し分ない日曜日の祝い方である」
新しい著作集の2011年に刊行された巻に、「ある学生」(een student)の氏名が判明したことが記されています。1946年生まれ、2009年に亡くなった方です。日本でいえば団塊世代の方です。全共闘世代です。新しい文化を教会と社会がどのように受け入れるかが大問題だった時代です。
もし皆さんの中に「日曜日にサッカーを見に行くなど、けしからん」と叱られたことがある方がおられたら、ファン・ルーラー先生を訪ねれば、ほめてもらえたかもしれません。
今の東京では、サッカーや野球だけでなく、東京ドームや秋葉原やお台場や幕張などのイベントが該当するでしょう。
私たちはどのような教会を目指すでしょうか。「日曜日にそういうところに行くべきでない」と禁じるでしょうか。どうするかを考えることが私たちの課題です。
(2026年10月25日 日本基督教団足立梅田教会 主日礼拝)




