2025年3月23日日曜日

受難の予告

日本基督教団足立梅田教会(東京都足立区梅田5-28-9)

説教「受難の予告」

マタイによる福音書16章13~28節

関口 康

「わたしについて来たい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい」(24節)

今日の箇所で、イエスさまが弟子たちに「人々は、人の子のことを何者だと言っているか」とお尋ねになっています(13節)。

この内容の質問はこのときが初めてです。「人の子」は主イエスご自身です。この質問の意図は、ご自身についての評価を問うておられるということです。私は人々にどう見られているのか、どんなうわさがあるかを教えてほしいということです。

しかしそれは、たとえばイエスさまが疑心暗鬼になって自分の評判を調査させたというようなこととは違います。そうではなくて、伝道活動の「効果測定」です。種を蒔いたら蒔きっぱなしで、「あとは野となれ山となれ」と放置するのではなく、伝道の結果責任を負おうとしておられるのです。

「フィリポ・カイサリア地方に行ったとき」(13節)と場所が特定されているのは、イエスさまの質問内容と関係あるからです。フィリポ・カイサリアの位置は巻末付録の聖書地図「6」で確認できます。ガリラヤ湖よりもさらに北です。

「カイサリア」は「カイザルの」、すなわち「ローマ皇帝のもの」という意味です。イエスさまがお生まれになったときのローマ皇帝アウグストゥス(本名オクタヴィアヌス)がヘロデ大王に与えた町です。そして「フィリポ」はヘロデ大王の息子の名前です。アウグストゥスがヘロデにこの町を与えたのが紀元前20年ごろ。イエスさまが公の宣教活動をお始めになった西暦30年前後までに50年ほど経過しています。その町の住民の多くは異邦人でした。

これらの情報に基づいてイメージできるのは、新興住宅地として作られ、半世紀ほど経過した町です。首都エルサレムから遠いという意味で田舎。ヨルダン川の源流、ヘルモン山に近い高台。良く言えば、新しいものを受け入れ、変わって行く可能性を秘めている町。悪く言えば、歴史も伝統もない。落ち着かない。

弟子たちの答えは「『洗礼者ヨハネだ』と言う人も、『エリヤだ』と言う人もいます。ほかに、『エレミヤだ』とか、『預言者の一人だ』と言う人もいます」(14節)というものでした。この反応の意味を少し細かく見ていきます。

ヨハネは、主イエスの公生涯開始の直前まで活躍した預言者です。「最近の人」です。

エリヤは、紀元前9世紀の預言者。列王記上17~19章に登場します。分裂王国時代の北イスラエル王国のアハブ王(在位前869~850年)の時代に、バアルという偶像を拝む人々と戦ったことで知られます。「戦いの人」です。

エレミヤは、紀元前6世紀の預言者。エレミヤ書と哀歌の著者。南ユダ王国末期に国家滅亡を預言して迫害を受け、苦難の生涯を送りました。エレミヤも「戦いの人」です。負けるのですが。最期は殺害されました。

ヨハネ、エリヤ、エレミヤに共通するイメージは「戦いの預言者」です。そのようにフィリポ・カイサリアの人々がイエスさまのことを評価していたのであれば、ピントが合っているのではないでしょうか。洗礼者ヨハネの動きなど最新情報も得ているし、聖書の内容も正しく理解できている、知的水準が高い人々の町だったと言えるのではないでしょうか。

しかし、弟子たちが集めてきた情報に対して、イエスさまはノーコメントです。ひとこと欲しいところですが。その代わりに「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか」とお尋ねになりました(15節)。

ペトロは「あなたはメシア、生ける神の子です」と答えました。この答えをイエスさまがお喜びになりました。そして「あなたはペトロ」と命名なさいました。「ペトロ」は「岩」という意味です。そして「わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる」と主イエスがおっしゃいました。

イエスさまこそ「メシア」、そのギリシア語訳である「キリスト」と信じる信仰をペトロが告白しました。その「ペトロの信仰告白」こそが「教会の土台である」ということです。

この箇所については、長年続く議論があります。それは、イエスさまが「この上にわたしの教会を建てる」とおっしゃっているときの「岩」は、ペトロの人間性や人格を指しているのか、それとも、「あなたはメシア、生ける神の子です」という信仰告白だけを指しているのかという議論です。

問題を難しくしているのは、ローマ教皇が「使徒ペトロの後継者」であることになっていることです。プロテスタント教会は、この「岩」は「信仰告白」だけを指しているのであって、ペトロの人格ではないと教えて来ました。

もう一つ、カトリック教会にとって重要な議論は、ペトロとパウロのどちらが優位かという問題です。16世紀生まれで17世紀にローマ教皇になったインノケンティウス10世(Innocentius X [1574-1655])(在位1644~1655年)が、パウロをペトロと同等や優位とみなすことを異端としました。しかし、使徒言行録はじめ西暦1世紀から3世紀までのキリスト教文書にペトロとパウロが同等の存在として登場することは、文献的に立証できます。

このことを申し上げるのは、カトリック教会の立場を批判したり揶揄したりするためではありません。この議論には長い歴史がありますので、ぞんざいに扱われてはなりません。

また「信仰告白と人格は切り離すことができるか」という問題はきわめて重要です。私は切り離せないと考えます。「信仰告白」の意義は百も承知です。しかし、「ペトロの信仰告白」がペトロの人格と無関係にあるわけがありません。人間の存在と働きから切り離された「信仰告白」など存在しませんし、そんなものの上に「生きた教会」が立つはずがありません。

今日は、この問題に深入りできません。今日の説教題の「受難の予告」の箇所まで話を進めなくてはなりません。しかし、私が申し上げるべきことは、ほぼ尽きています。

それは、主イエスが弟子たちにご自身のこれから進む道の先に十字架の死の苦しみが待ち受けていることを伝えたのは、このときだった、ということです。

イエス・キリストの苦しみは、「真の教会を建てるための戦いの苦しみ」でした。そうだとしたら、私たちもイエスさまの苦しみに与(あずか)ることができます。

「与(あずか)る」とは参加することです。英語でparticipate(パーティシペイト)が「参加する」という意味です。この英語は「パート、すなわち部分(part)になること」を意味します。

イエスさまの苦しみにあずかることは、真の教会を建てることの苦しみを部分的に背負うこと、つまり、教会活動に参加することをそのまま意味します。

イエスさまは「わたしについて来たい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。自分のいのちを救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのために命を失う者は、それを得る」(24~25節)とおっしゃいました。

ペトロもパウロも、その他の使徒たちも、最期は殉教しました。しかし、「主イエスの苦しみにあずかることのすすめ」は「殉教のすすめ」ではありません。健康であることは重要です。私も気を付けます。しかし、真の教会を建て上げるためにささげる命は惜しいものではありません。そうするだけの価値があります。そのことを主イエスご自身が教えておられます。

(2025年3月23日 日本基督教団足立梅田教会 主日礼拝)

2025年3月16日日曜日

悪と戦うキリスト

日本基督教団足立梅田教会(東京都足立区梅田5-28-9)


説教「悪と戦うキリスト」

マタイによる福音書12章22~37節

関口 康

「人の子に言い逆らう者は赦される。しかし、聖霊に言い逆らう者は、この世でも後の世でも赦されることがない」(32節)

先週の説教の中で「バイクのシミュレーター教習」について話したとき、「シュミレーターではありません」と口頭で付け加えました。Simulatorは「シュミ」(趣味?)ではなく「シミュ」です。m(エム)は1つです。「同時に」という意味のsimultaneous(サイマルテイニアス)な仕方で、ある事象を他の時間や場所で再現するための手段が「シミュレーター」です。

もうひとつ気を付けたい言葉は「コミュニケーション」です。「コミニュケーション」と言っている人が時々います。m(エム)は2つです。語源はラテン語communicatio(コムニカティオ)です。近い表現に、共同体をあらわすcommune(コムーネ)や、交わりをあらわすcommunio(コムニオ)があります。使徒信条の「聖徒の交わり」は、communio sanctorum(コムニオ・サンクトールム)です。共産主義はCommunism(コミュニズム)の訳です。

今日の箇所に関係があるので申し上げています。今日は「コミュニケーション」の話です。この箇所に記されているのは、「悪魔に取りつかれている人」(ギリシア語「ダイモニゾメス」)が、目が見えず口が利けない状態で主イエスのもとに連れて来られ、病が癒されたとき、デマを流した人々がいたという話です。

誤解を避けるために最初に申し上げたいのは、西暦1世紀のユダヤ人は、すべての病気や苦しみの原因は「悪霊の憑依(ひょうい)」であって「偶然」ではないと考えていたということです。あえて「悪霊に取りつかれている人」(ダイモニゾメス)と記されているときは、「重い病気を抱えている人」という意味で理解すべきであって、特殊な病気を指すわけではありません。

「デマ」はドイツ語Demagogie(デマゴギー)の略です。故意の虚偽情報のことです。そのとき流されたデマの内容は、「悪霊の頭ベルゼブルの力によらなければ、この者は悪霊を追い出せはしない」(24節)というものでした。

デマの発信源は「ファリサイ派の人々」でした。彼らはユダヤ教の主流派であり多数派で、権力を保持し、社会的影響力が大きかったのですが、そういう立場を悪用して、イエスを死刑にするための策略として意図的にデマを流しました。なぜなら、当時のユダヤ教では、魔術を使うことと、悪魔の手下になることは、死刑に値すると考えられていたからです。

ファリサイ派の作戦は、「イエスは悪魔の手下だから悪霊を追い出せる」というデマを流すことでした。それは、群衆の間でイエスの名声を失わせ、死刑でイエスを殺害するという作戦です。

まさに「コミュニケーション」の問題です。コミュニケーションにとっての最大かつ最悪の障害は「デマ」です。「コミュニケーション」にぴったり当てはまる日本語が存在しません。「意思疎通」や「情報交換」などと訳されますが、そういう言葉には収まりきらない、非常に広い意味です。人と人との信頼関係の土台となるものです。

だからこそ、信頼関係で結ばれている人間社会を破壊するために、自分の手を汚さずに行えて、最も効果的な方法はデマを流すことです。私が申し上げているのは「そういうことをしてはいけない」という意味です。デマが人を追い詰め、死に至らしめることがあるということを、私たちは強く自覚しなければなりません。

しかも、ここで私たちがあまり安心しないほうがよいのは、デマを流した張本人がファリサイ派の人々だったという点です。彼らは聖書の研究者であり、宗教の専門家です。そういう人たちが聖書を用いて、「神」の名においてデマを流すので、悪質さの度合いが尋常でないのです。

イエスさまは彼らの考えを見抜いて反論されました。「どんな国でも内輪で争えば、荒れ果ててしまい、どんな町でも家でも、内輪で争えば成り立って行かない。サタンがサタンを追い出せば、それは内輪もめだ。そんなふうでは、どうしてその国が成り立って行くだろうか」(25-26節)。

私が子どもの頃に「デビルマン」というテレビアニメがありました。子どもの頃に覚えた主題歌が耳に焼き付いて離れません。「悪魔の力を身につけた正義のヒーロー、デビルマン」。しかしそういうことは現実には起こらない、というのがイエスさまのお考えです。悪魔と悪魔が戦ってどちらが勝っても残るのは悪魔なのだから正義が実現することはありえない、という冷静な三段論法です。

「わたしがベルゼブルの力で悪霊を追い出すのなら、あなたたちの仲間は何の力で追い出すのか」(27節)と続きます。最初に申し上げたとおり当時のすべての病気が「悪霊の憑依」によると考えられていたことと関係します。イエスさまがおっしゃっていることの意味はこうです。「あなたがた自身も悪霊を追い出して病気の人を治しておられるはずですが、どうなさっているのでしょうか。『悪魔の手下だから悪魔を追い出せる』という理屈がもし成り立つのであれば、あなたたちこそ悪魔の手下だということになりはしませんか」。とても冷静な論理です。

しかしイエスさまは、ファリサイ派のデマに対して腹に据えかねるものがおありになったと言わざるをえません。「だから、言っておく。人が犯す罪や冒瀆は、どんなものでも赦されるが、霊に対する冒瀆は赦されない。人の子に言い逆らう者は赦される。しかし、聖霊に言い逆らう者は、この世でも後の世でも赦されることがない」(31-32節)とおっしゃいました。

この言葉の背景に「赦される罪と赦されない罪」についてのユダヤ教の教えがあります。西暦1世紀のユダヤ教のラビは「聖霊」を「預言と啓示の霊」であると理解していました。彼らにとっての「赦されない罪」も「聖霊に言い逆らうこと」でしたが、その意味は「トーラー(律法)に逆らうこと」でした。トーラー(律法)は「言葉に言い表された神の御心(意志)」としてとらえられていましたので、それに逆らう罪は赦されません。

しかし、今の説明はユダヤ教の教えですが、イエスさまのおっしゃっていることとは違います。イエスさまも「聖霊に対する冒瀆」を「赦されない罪」だと言っておられますが、問題はその意味です。この意味が私はこれまで分かりませんでした。しかし、やっと分かった気がします。

イエスさまが「赦されない罪」だと言っておられるのは、病気でずっと苦しんできて、それがやっと癒されて、そのことを心から喜んでいる人たちを傷つけるようなことを言い放つことです。実を見て木を知る。良い結果が出たのは良い原因があったことを意味する。悪い原因は悪い結果しか生まない。つまり、悪魔に病気を治せるわけがない。それなのに、長年苦しんできたこの私の病気がやっと癒されたことを「悪魔に病気を治してもらった」かのように言う。けちをつけて、喜んでいる人を傷つける。それが、イエスさまがおっしゃる「赦されない罪」です。

「喜ぶ者と共に喜ぶこと」(ローマ12章15節)が難しいと感じるのは「ねたみ」の仕業であるとファン・ルーラーが書いています(拙訳参照)。「喜びを人に分かつと喜びは2倍になる」とドイツの詩人ティートゲが教えました。それができないどころか、喜んでいる人を苦しみの中に引きずりおろすようなことをしてしまう。それは「ねたみ」の仕業です。

これこそがイエスさまの言われる「赦されない罪」です。イエスさまはこのことを、警告としておっしゃっています。非難ではありません。イエスさまはどこまでも寛容です。

(2025年3月16日 日本基督教団足立梅田教会 主日礼拝)

2025年3月9日日曜日

荒れ野の誘惑

日本基督教団足立梅田教会(東京都足立区梅田5-28-9)

説教 「荒れ野の誘惑」

マタイによる福音書4章1~11節

関口 康

「すると、イエスは言われた。『退け、サタン。「あなたの神である主を拝み、ただ主に仕えよ」と書いてある』」(10節)

今日の箇所に記されているのは主イエスが悪魔に誘惑される物語です。教会生活が長い方々は繰り返し学んで来られました。しかし、何度読んでも釈然としないとお感じの方が多いのではないでしょうか。「悪魔」とは何なのか。記されていることは事実なのかなど、多くの疑問がわき起こる箇所です。

先週ご紹介しました、私が頼りにしているオランダ語の聖書註解シリーズのマタイ福音書の巻(著者J. T. Nielsen)を今回も読みました。大変興味深いことが書かれていましたので、ご紹介いたします。

こう記されていました。「イエスは霊に導かれて荒れ野に行かれた」(1節)の「導かれて」(ἀνήχθη アネクテ)が受動態で記されているのは「神が聖霊によってイエスを荒れ野に導いた」という意味だろう。しかし、それはヨルダン川の下流の地域から上流の砂漠地帯への移動だけを必ずしも意味せず、「幻の出来事」(een visionair gebeuren)としてとらえることも可能である、というのです。

いかがでしょうか。この物語の中で主イエスは「荒れ野」だけでなく「エルサレム神殿」にも「非常に高い山」にも連れて行かれますが、すべて物理的に移動したと考えなければならないことはなく、「聖霊の導きによって幻の中で移動した」と考えることができるなら、この箇所の読み方が大きく変わってくるはずです。

ここで私がつい思い浮かべるのは、バイクのたとえです。バイクの免許を取る人が必ず受講するのは「シミュレーター教習」です。バイクは四輪車よりも明らかに事故に遭う確率が高いです。しかし、だからといって、実際に事故に遭ってケガをしてみるという体験学習はありえません。それで生み出されたのが、コンピュータが描き出す「ヴァーチャル・リアリティ(仮想現実)」の中で「事故に遭ってみる」という学習方法です。

私もその教習を受けました。結構こわかったです。細い道でバスが停留所に止まっている。そのバスを追い越そうとすると、突然子どもが飛び出してくる。急ブレーキをかけると車体が転倒する。シミュレーターが実際にガタガタ揺れます。また、指導員が「スピードを80キロまで上げてください」と言うので、指示通りにする。すると、急カーブで曲がり切れなくてガードレールに激突して谷底に落ちる。そういうトレーニングでした。

いま私が申し上げているのは、今日の物語は間違いなく「ヴァーチャル・リアリティ」の出来事であるということではありません。その可能性があると解釈されていることをご紹介しているにすぎません。しかし、「ヴァーチャル・リアリティ」は虚偽や詐欺だと考えるのは間違いです。実際にケガをしたりモノを壊したりしてみるわけに行かない中での、有効な訓練手段です。

今日の説教題「荒れ野の誘惑」の「誘惑」は新共同訳(1987年)の表現です。聖書協会共同訳(2018年)(※「聖書協会共同訳」は長いので以下「SKK訳」と略します)では「試み」と訳されています。「試み」とはテストです。それは、イエスは本当に「救い主」にふさわしいのかどうかを見極めるテストです。

主イエスは「四十日間、昼も夜も断食した後」(SKK訳「四十日四十夜、断食した後」)空腹を覚えられました(2節)。すると「誘惑する者」(SKK訳「試みる者」)が来ました。テスト開始です。  

「悪魔」はディアボロス(διάβολος)。「ディア(δια) 」(through、~を通して) +‎ 「バロー(βάλλω)」(throw、投げる)で「投げつける」(door elkaar werpen)というのが悪魔の原意です。悪魔はピッチャーです。イエスさまはバッター。いざ、勝負!

問題は3問。場面が「荒れ野」「エルサレム神殿」「非常に高い山」と切り替わります。この3つの場所の関係性が、私は今までよく分かりませんでした。しかし、やっと分かった気がします。

「荒れ野」は砂漠です。グラフで表すとしたら零(0)。神が働いてくださらなければ何も生まれない、何も起こらないという意味で「虚無」(Nothing)。「エルサレム神殿」は、宗教の最高峰。宗教の百(100)。「非常に高い山」は、その場所自体よりも大切なのは、そこから見えるものです。「世のすべての国々とその繁栄ぶり」を見渡せる場所。政治の百(100)。

主イエスは空腹。お腹の中は零(0)。「欲望」が百(100)の状態。その状態で、上記の3か所(荒れ野、神殿、山の上)に行くと人は何を欲するか。「救い主」なら何を欲するか。試されているのは、そのことです。

第1問「神の子なら、これらの石がパンになるように命じたらどうだ」で問われていることは何でしょうか。いろんな読み方がありうると思います。しかし、忘れてはならないのは、これは「イエスはキリストとしてふさわしいかどうか」のテストだということです。

つまり、問われているのは、空腹のときのイエスが「救い主」として自分に与えられた力を何のために用いようとするかです。自分のお腹を満たすためか、それとも、自分のことは後回しにして、枯れ木に花を咲かせ、飢えた人の心に喜びの福音を伝え、その人を助けることこそが救い主の使命なのか。

イエスさまは「人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」(申命記8章3節)と、聖書の言葉の引用をもってお答えになりました。合格です。

第2問「神の子なら、神殿から飛び降りたらどうだ。天使が助けてくれる(詩編91編)と聖書に書いてある」。主イエスは「『あなたの神である主を試してはならない』(申命記6章16節)とも書いてあると、聖書の言葉でお答えになりました。

「神殿」は宗教の百(100)。そこで、聖書のひとつの箇所と他の箇所の解釈とがぶつかり合う。そのとき、より正しい答えを聖書から導き出せる存在こそが「救い主」にふさわしいというのが、第2問の模範解答ではないでしょうか。

第3問「もしひれ伏してわたしを拝むなら、全世界をお前にくれてやる」。救い主というのは、要するに世界の独裁者になることなのだ。悪魔に心を売り渡し、頭を下げ、善悪を逆転させて、目的のために手段を選ばず、全世界の政治と経済を自分の思い通りに動かし、支配する。それがまさに「救い主」であり、まさに「神」である。

主イエスは「退け、サタン」と一喝されました。それが答えです。悪魔に心を売り渡してでも権力を得ることの正反対です。悪魔に頭を下げて拝まなければ得られないような権力は要らない。全く無力であることのほうを私は選ぶ。それがイエスさまの答えでした。

すると、悪魔が離れ去り、天使が来てくれました(11節)。テスト終了。結果は「合格」。天使が一緒にお祝いしてくれました。

しかし、ここで話を終わらせてはいけません。テストを受けたのは、イエスさまだけです。「メシア=キリスト=救い主」にふさわしいかどうかの見極めなので、「私たちとは関係ない」と考えがちです。しかし、それは違います。

見落とされてはならない点があります。それは、悪魔の試験の答えとしてイエスさまが引用なさった聖書の教えのすべては、私たち人間こそが守るべき教えである、ということです。この箇所の読者にとって大切なことは、わたしたちがどう生きるべきか、です。

私たちにできることを申し上げて終わりにします。

①悪魔に心を売り渡さないこと。

②「目的のために手段を選ばない」という考えを受け入れないこと。

③財産よりも権力よりも大事なものがあると信じること。

(2025年3月9日 日本基督教団足立梅田教会 主日礼拝)

2025年3月2日日曜日

奇跡を行うキリスト

日本基督教団足立梅田教会(東京都足立区梅田5-28-9)

説教「奇跡を行うキリスト」

マタイによる福音書14章22~36節

関口 康

「弟子たちは、イエスが湖上を歩いておられるのを見て、『幽霊だ』と言っておびえ、恐怖のあまり叫び声をあげた。イエスはすぐ彼らに話しかけられた。『安心しなさい。わたしだ。恐れることはない』」(26-27節)

以前もお話ししたことがあります。私がどの説教をするときも必ず開いて読む聖書註解はPrediking van het Oude/Nieuwe Testament(『旧約聖書/新約聖書の説教』)というオランダ語で書かれたシリーズです。

旧約聖書/新約聖書の説教シリーズ

なぜオランダ語の註解書なのでしょうか。答えは2つです。ひとつは、このシリーズの新約註解の全巻をまとめ買いしたとき、オランダの古書店から届いた本の見返しに、私が30年近く前から自分のライフワークとして取り組んできた神学者アーノルト・アルベルト・ファン・ルーラー(Arnold Albert van Ruler [1908-1970])の蔵書シールが貼られていたからです。

ファン・ルーラー教授の蔵書シール

これは奇跡だと思いました。ファン・ルーラー先生が「もっと勉強しなさい」と私を励ましてくださったと信じることにして、このシリーズを自分の説教の土台に据えることにしました。

もうひとつの答えは、このシリーズに限らずオランダの聖書註解が優れていると私が思う点は、学問と信仰のバランス感覚が素晴らしいことです。聖書という文献を信仰と教会の立場からだけでなく、学問的・科学的な立場からも読む必要があります。そのことを私はいくつかのキリスト教主義学校で聖書の授業をさせていただく中で、強く認識させられました。

学問とダイレクトに関係するのが職業です。たとえば今日の箇所はどうでしょうか。イエスが水の上を歩きました。会社の上司に呼び出されて「この箇所の意味を社員に説明しなさい」と言われたら、皆さんはどうされますか。そういう面倒くさいことに巻き込まれるのがイヤだから、「私は教会に通っています」と誰にも言えないという方がおられませんか。

子どものころの私がそうでした。教会には生まれたときから休まずに通っていました。しかし、学校では教会に通っているということをひとことも言わずに過ごしました。私は隠れキリシタンでした。高校卒業後ストレートで東京神学大学に入学し、会社勤めをせずに牧師になったことも「逃げること」を意味していると、当時から自覚していました。そんな私が、よりによって学校で教えることになりました。学校が大嫌いだった私が、学校で教える人間になりました。

この話をいつまでも続けるわけに行きません。今日の箇所についても、同じ聖書註解シリーズのマタイ福音書の巻を読みました。著者はニールセン(J. T. Nielsen)です。ベルギーのブリュッセルの聖書学者です。著者の背景は分かりません。しかし、ニールセンがハインツ・ヨアヒム・ヘルド(Heinz Joachim Held [1928-])の名前をあげて「この物語は前の物語と関連しているという H. J. ヘルドの発言には多くの意味がある」と解説しているのを興味深く読みました。

私はヘルドの存在を全く認識していませんでしたが、ウィキペディアドイツ語版にヘルドの紹介が見つかりました。ヘルド先生は1983年から1991年まで世界教会協議会(WCC)中央委員会の議長でした。世界のキリスト教会に大きな影響を与えた人物のひとりと言えると思います。

ヘルド先生が言う「前の物語」は、主イエスが5千人に食事を施した物語です。その話と今日の箇所の物語がどのように関係しているのかといえば、前の物語で弟子たちは空腹で取り乱した群衆と一緒にいたが、この物語で弟子たちは湖の波間にいます。どちらの場面でも弟子たちは追い詰められ、そのたびに主イエスに窮地を助けていただきました。これらの点で2つの物語は共通しているとヘルド先生が主張されました。とても興味深い解釈だと私は思いました。

24節から読んでみます。「ところが、舟は既に陸から何スタディオンか離れており、逆風のために波に悩まされた。夜が明けるころ、イエスは湖の上を歩いて弟子たちのところに行かれた。弟子たちは、イエスが湖上を歩いておられるのを見て、『幽霊だ』と言っておびえ、恐怖のあまり叫び声をあげた。イエスはすぐ彼らに話しかけられた。『安心しなさい。わたしだ。恐れることはない。』」

「幽霊」と訳されているのはファンタズマ(φάντασμα)。オバケです。湖を人間が歩けるはずがないという常識的な考えをもって生きて来たのに、その常識に反して水の上を歩いてくる人がいる。人間ではないとしたらオバケ以外に考えられないと結論が出た途端、恐怖の絶叫です。しかし、それがイエスさまだと分かったので弟子たちは安心したという話です。

この箇所が面白いと私に思える点は、主イエスが「どのようにして」(how)湖の上を歩いたかについての方法や仕組みは、弟子たちにとってはどうでもいいことだったということです。

恋人同士が渋谷のハチ公前でデートの待ち合わせをする。大切なことは約束の時間に間に合うことです。会いたい人に会うことです。「どのようにして」(how)ハチ公前までたどり着いたかはどうでもいいことです。それと同じだと思いました。バイクで来たかもしれないし、タクシーかもしれないし、交通費を節約してデート代を増やすために歩いて来たかもしれない。プロセスはどうでもいい。会いたいだけ、ただそれだけ。

ペトロが、イエスさまにできることなら自分もできると思って、私も水の上を歩きたいと言い出しました。やってごらんと主イエスから励まされて歩こうとしたら、ペトロは沈没しました。

すると、ペトロが「信仰の薄い者よ、なぜ疑ったのか」(31節)とイエスさまから叱られます。これはまずいことになりました。私たちがもし水の上を歩けなかったら「信仰が薄い」とイエスさまから叱られなければならないのでしょうか。

私のオランダ語の註解書は、31節の主イエスの言葉を前半と後半に分けて、別の意味であると説明しています。前半の「信仰の薄い者よ」の意味は「重要な瞬間にイエスを完全に信頼できない人々」を指しています。しかし、後半の「なぜ疑ったのか」の意味は「自分の能力を疑うこと」を指しているのであって「不信仰」ではないと説明されています。とてもすっきりするし、励まされる説明だと思いました。

ペトロが主イエスに「そちらに行かせてください」(28節)とお願いしたとき「来なさい」(29節)と答えてくださったことの意味は、主イエスがペトロの力を信頼してくださったということです。ペトロが沈没したのは主イエスへの信仰が足りなかったからではなく、自分の力を信頼することができなかったからだということです。

私は2016年度の1年間は千葉英和高校の常勤講師でした。翌2017年度の1年間は「無任所教師」という名の無職でした。牧師しかしたことがなかった私が二度と牧師の働きに戻れないかもしれないと、絶望的な思いを抱いていました。しかし、私が牧師の仕事から離れていたのはその2年間だけでした。今、素晴らしい教会で働かせていただいています。これは私の奇跡です。

GReeeeN (現「GRe4N BOYZ」)の「キセキ」(2008年)の歌詞を覚えておられるでしょうか。「せめて言わせて『幸せです』と」。

奇跡の合理的な説明はできそうにありませんが、説明できないからこそ奇跡です。苦しいときにいちばん来てほしい方が来てくれた。会いたい方に会えた。それ以上の何が必要でしょうか。

弟子たちが困ったときはイエスさまが必ず駆けつけてくださる。そのことを今日の箇所は読者に強く訴えています。助けられたときは、そのあとで「幸せです」とせめて言えれば、よろしいのではないでしょうか。

(2025年3月2日 日本基督教団足立梅田教会主日礼拝)

2025年2月23日日曜日

立派な信仰

日本基督教団足立梅田教会(東京都足立区梅田5-28-9)


説教「立派な信仰」

マタイによる福音書15章21~28節

関口 康

「そこで、イエスはお答えになった。『婦人よ、あなたの信仰は立派だ。あなたの願いどおりになるように。』そのとき、娘の病気はいやされた」(28節)

今日の説教題は「立派な信仰」です。

この表現が朗読箇所の28節に出てきます。聖書の言葉です。イエス・キリストの言葉です。

しかし、この題をご覧になったとき、皆さんはどのようにお感じになったでしょうか。次の5つのうちからお選びください。

①ぞっとした、②悲しくなった、③腹が立った、④教会に行きたくなくなった、⑤翻訳の誤りかもしれないので説教を聞いてみたいと思った。

⑥どれでもない、も加えておきます。説明が必要でしょう。

昨日観ていたインターネットの番組でも繰り返し語られていました。今はどういう時代なのかを考えるときに引き合いに出されるのが「宗教ゼロ」という言葉です。

ヨーロッパがそういう状態だと言われます。宗教だとか信仰だとか言われても何をどう考えればよいか分からないし、身につかない。この感覚は、私もかなりの面で共有しています。

それなのに教会の看板に「立派な信仰」と書いてあるのは全く理解に苦しむ、というような否定的な感情を呼び起こすために、あえて選ばせていただきました。お詫びしなくてはなりません。

翻訳の問題かどうかは、日本聖書協会の歴代聖書を読み比べるだけで分かります。

明治元訳(1887年)

大正改訳(1917年)

口語訳(1954年)

新共同訳(1987年)

聖書協会共同訳(2018年)

婦(をんな)よ、爾(なんぢ)の信仰は大いなり。

をんなよ、汝の信仰は大いなるかな。

女よ、あなたの信仰は見上げたものである。

婦人よ、あなたの信仰は立派だ。

女よ、あなたの信仰は立派だ。

ギリシア語の原文は「Ὦ γύναι, μεγάλη σου ἡ πίστις」(オー・グナイ、メガレー・スー・ヘー・ピスティス)です。「立派」「見上げたもの」「大いなるもの」と訳されているのは、μέγας(メガス)の女性単数与格μεγάλη(メガレー)です。

これはメガロポリス、メガバイト、メガトンパンチなどの「メガ」(mega)の語源です。「メガ」は現在の国際単位の10の6乗(100万)です。「キロ」は10の3乗(1千)、「ギガ」は10の9乗(10億)、「テラ」は10の12乗(1兆)です。今日の箇所の「メガス」が「100万」を意味するということではありません。

呼びかけの言葉も翻訳が難しいです。意味は正しくても「をんなよ」「女よ」「婦人よ」は失礼な感じだし、「女性よ」も微妙。「おねえさん」や「おくさん」は論外。そもそも「あなた」と呼ばれるのが不愉快だと言われることもあります。「お前」は論外中の論外。

「おたくさま」は意外なほど可能性があるかもしません。

「おたくさまの信仰はメガトンパンチ級ですね」。

内容に入ります。登場するのは主イエス、弟子たち、そして「カナンの女」です。説明が必要なのは「カナンの女」です。結論から言えば、当時の差別語です。そのような言葉が意図的に用いられています。

「カナン」は、エジプトにいたユダヤ人がモーセに率いられて戻って来た先祖の地の古い呼び名です。ならば「カナン人」がなぜ差別語なのかといえば、いま申した歴史が関係します。

エジプトから戻って来たユダヤ人の戦争相手が「カナン人」だったからです。あくまでユダヤ人の立場からすれば、ということになりますが、彼らがいなかった間にカナンに住むようになった人たちが「カナン人」です。現代のパレスチナ問題さながらです。

しかし、この女性がユダヤ人と戦争した時代の「カナン人」の純血を受け継いでいるというような話ではありません。もっと広い意味です。そして差別的な意味です。説明すること自体に私は苦しみを感じます。「外見や方言などで、見る人が見れば分かる違いを持った人」というぐらいにとどめます。

この女性と主イエスが出会った場所は「ティルスとシドンの地方」(21節)です。巻末の聖書地図「6」の最北端にこれらの地名が記されています。この女性がしたのは、主イエスに向かってひたすら叫び続けることでした。「主よ、ダビデの子よ、わたしを憐れんでください。娘が悪霊にひどく苦しめられています」(22節)。

「しかし、イエスは何もお答えにならなかった」(23節)とあります。そのとき主イエスが立ち止まられたかどうかも、顔を向けられたかどうかも記されていません。どちらもなさらなかった可能性を私は考えます。実際の場面を想像すると、その理由がなんとなく分かります。

私が抱くイメージは、通りすがりで手早く解決するとは考えにくい深刻な問題を抱えている相手に安易にかかわることが、かえって相手を傷つける場合がある、ということです。

しかしそれでも、なぜ立ち止まってくださらないのですか、振り向いてもくださらないのですか、冷たすぎますよ、イエスさま、と言いたくなる場面であることは間違いありません。

主イエスの弟子たちが「この女を追い払ってください。叫びながらついて来ますので」と言っています(23節)。この「ついて来ます」で立ち止まっていなさそうな雰囲気が伝わってきます。弟子たちが厄介な存在を嫌がって舌打ちしたかどうかも記されていませんが、近い感じです。

そのとき主イエスが「わたしはイスラエルの家の失われた羊のところにしか遣わされていない」とお答えになった(24節)とありますが、これが弟子たちに対するお答えであって、その女性に対してではなかったことは、かろうじて慰めです。本人に直接言っていません。こういうことを本人に言ってはいけません。

しかし、女性がひれ伏して「主よ、どうかお助けください」と懇願したとき(25節)、主イエスは口を開いてくださいました。「子供たちのパンを取って小犬にやってはいけない」(26節)。

ひどい答えかどうかは考え方次第です。主イエスは人を「魚」や「麦」にたとえる方ですから、「小犬」もたとえではないでしょうか。「大きな犬」ではなく「小犬」が選ばれていることに、ユーモアの要素が含まれているかもしれません。「子供」も、「小犬」と背格好が同じぐらいの幼児をイメージしてみると良さそうです。

「大変申し訳ありません。残りのパンが1個しかありません。うちの子(大きな子供を含む)が、お腹が空いたと泣いておりまして、小犬さまにお譲りできるものがありません」ぐらいではないでしょうか。「お引き取りください」と、はねつけるような言い方ではありません。

しかし、そのときこの女性から返ってきた答えに主イエスが感動されました。

「女は言った。『主よ、ごもっともです。しかし、小犬も主人の食卓から落ちるパン屑(くず)はいただくのです』」(27節)。

こう言いたいのではないでしょうか。

「たしかに私は、あなたが守るべき神の家族に加えていただくに値しない、ただの通りがかりの小犬です。そんなことは分かっています。しかし、あなたのパンが必要な者です。そしてパン屑(くず)もパンです。形が変わっていようと、残りものだろうと、床に落ちていようと、誰かに踏みつけられようと、パンはパンです。それを私にください。私はあなたの食卓に共にあずかるべき者です。あなたのものは私のものです。ここから一歩も下がれません。」

この確信に満ちた求めを主イエスが「これはメガトンパンチの信仰だ」と受け入れてくださったのです。

「立派な信仰」のイメージが変わったでしょうか。良い方向でご理解いただけますと幸いです。

(2025年2月23日 日本基督教団足立梅田教会 主日礼拝)

2025年2月9日日曜日

毒麦のたとえ

日本基督教団足立梅田教会(東京都足立区梅田5-28-9)

説教「毒麦のたとえ」

マタイによる福音書13章24~30節

関口 康

「主人は言った。『いや、毒麦を集めるとき、麦まで一緒に抜くかもしれない。刈り入れまで、両方とも育つままにしておきなさい』」(29-30節)

今日の聖書の箇所に記されているのは、主イエスがお語りになった「毒麦のたとえ」です。

毎週の説教題を、役員がたの中のお2人が交代で、教会の外の看板に書いてくださっています。「毒」の字が看板に貼り出されるのは不適切だろうかと考えなかったわけではありません。

「毒」の意味は「生命または健康を害するもの」(岩波書店『広辞苑』第4版)。「毒」という漢字の由来については、漢和辞典の出版社の大修館書店の「漢字文化資料館」というサイトで、次のように説明されていました。

「一番伝統的な説明は、『毒』という漢字は、『屮』と図のような漢字〔上に『士』、下に『毋』でひとつの字:関口注〕から成り立つ、というものです。図の漢字はさらに、『士』と『毋』に分解されます。『士』は『立派な男性』という意味、『毋』はよく見ると『母』とは違って、『~ではない』という意味で、図の漢字は『立派ではない』『みだら』という意味になるそうです」「漢字文化資料館」(←ここをクリックすると開きます)

今申し上げているのは漢字の話です。ギリシア語で書かれた新約聖書の内容とは直接的な関係はありません。しかし、漢字の多くは象形文字、すなわちモノやカタチを点や線で表す文字です。漢字は「見た目」が重要です。それが漢字文化の特徴です。

私が興味を感じたのは「毒」と「麦」の字が似ていることです。見た目の問題です。「毒毒」か「麦麦」か「麦毒」と書いてあっても、近くまで来ないと見分けがつきません。たまには意図的に教会の看板に間違った漢字を書いておくと、気が付いた方が教会に電話をくださったりすれば、そこから話の花が咲くかもしれません。

今日の箇所は漢字の話とは関係ないはずですが、不思議なほどつながります。

ある人が良い種を畑に蒔いた。人々が眠っている間に敵が来て、麦の中に毒麦を蒔いて行った。芽が出て実ってみると、毒麦も現れました。そこで僕(しもべ)たちが主人に「毒麦を抜き集めましょうか」と進言したところ、返って来た答えは「毒麦を集めるとき、麦まで一緒に抜くかもしれない」ので「両方とも育つままにしておきなさい」(29~30節)というものだったという話です。

言われていることは、良い麦と毒麦は見分けがつきにくいので、収穫までそのままにしておきましょうということです。つまり、見た目の問題です。「毒」の字と「麦」の字が、遠くからだと見分けがつかないことに通じるではありませんか。

たとえ話の内容はそれだけです。しかし、いくらなんでも、これだけで話を終わらせるわけには行きません。

主イエスはこれを「天国のたとえ」(24節)として語られました。しかも、この場合の「天国」は西暦1世紀のユダヤ教が「神」の名をみだりに唱えてはならないという意図で「神」を「天」と言い換えたことと関係があると考えられています。いま申し上げたことの意味は、「神」も「天」も「神の国」も「天国」もすべて同じ意味であり、「天国のたとえ」は「神のたとえ」であるということです。

ここまでお話しするとそろそろ私たちの心がざわつき始めるでしょう。これは「天国のたとえ」だが、「神のたとえ」であるという。神は世界と人間を創造されたという。しかし、その世界に神の敵が現れて「毒麦」を蒔いて行ったという。しかし、良い麦と毒麦は見分けがつきにくいので収穫まで毒麦を抜かないでおこうという。もしそうなら、これは「麦」の話ではなく「人間」の話だろうと考える他はありません。つまり、これは「私たち」の話です。

私たちの心が最もざわつくのは、このたとえ話の結末でしょう。「刈り入れの時、『まず、毒麦を集め、焼くために束にし、麦の方は集めて倉に入れなさい』と刈り取る者に言いつけよう」(30節)と言われています。「毒麦」は最終的に選別され、捨てられ、焼かれるという話です。

ここまで聞いて誰もが第1に考えるのは「自分はどちらなのか」ということでしょう。神の倉に納められる「良い麦」のほうなのか、それとも、捨てられ焼かれる「毒麦」のほうなのか。

第2に考えるのは、自分以外の「あの人」はどちらなのか。いろんな人間関係の中で出会う厄介な「あの人」。良い麦畑に闇夜の忍者が蒔いた「毒麦」とはだれなのか。「あの人」のことか。

第3の問いは、最も深刻です。神はなぜ「良い麦」だけでなく「毒麦」を創造されたのか。世界に多様な存在があり、互いに違いがあることまではなんとか理解できる。しかし、なぜ「みんな違ってみんないい」でダメなのか。なぜ「悪い」があるのか。「悪」がなぜ世界に存在するのか。神はなぜ「悪」の存在を許しているのか。これらの問いは、神義論(Theodicy)と呼ばれる永遠の謎です。

私は以前から、イエスのたとえの説教は難しいと感じてきました。今回改めて調べていく中で「たとえ」(parable)の範囲を定めること、とくに「寓喩」(allegory)との違いをどう考えるかなど、難しい問題が待ち受けていることが分かりました。付け焼刃では歯が立ちません。

それと私は、人間を植物や動物にたとえることに抵抗があります。主イエスが最初の弟子たちに呼びかけた「人間をとる漁師にしよう」も、人間が「魚」にたとえられています。「牧師」の「師」の字を問題にする人の声はよく聞きます。しかし、私が気になるのは「牧」のほうです。教会員を「羊」にたとえる表現です。

神と私たち、主イエスと私たちの関係が「漁師」と「魚」や「羊飼い」と「羊」の関係だというならまだ我慢できるものがあります。しかし、牧師と教会員の関係がそうであると連想されそうな言葉は、いちいち気になります。「人間は魚でも羊でもありません」と言いたくなります。

いま述べた「難しい」とか「抵抗がある」とかいう私の気持ちの問題は無視していただいて構いません。私が申し上げたいのは、主イエスのたとえ話を読むことには十分な注意と熟考が必要であるということです。

しかし、今日の箇所は怖がる必要はありません。メッセージは明確です。核心部分は「両方とも育つままにしておきなさい」(30節)です。

「事前に選別してはいけません」ということです。だれが「良い麦」で、だれが「毒麦」なのかは誰にも分かりません。私たちは知る必要がないことです。

「選別は神がなさることです」とも言わないほうがいいです。それは言い過ぎです。「あなたが神の何を知っているのか」と言われても仕方ありません。

これは「優性思想」の問題に結びつきます。現代の深刻な問題です。科学技術の進歩の名のもとに、遺伝子まで人為的に操作することが可能になりました。優れた人間だけを残し、そうでない人間は取り除くべきであるという明白な差別思想が、私たちの目の前に横たわっています。

イエス・キリストはそのような選別に真っ向から反対なさっています。「父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださる」と言われました(マタイによる福音書5章45節)。

善と悪の区別が取り払われたという意味ではありません。善は善であり、悪は悪です。しかし、社会の中にも、この私の中にも、善と悪、正義と不正が隣り合わせで共存しています。「ここは悪だから」とそこだけ取り除くことはできないほど、互いにからみ合い、混ざり合っています。

だからこそ、私たちには、罪の「赦し」が必要なのです。「赦し」と「許し」の漢字の区別は、内容の違いをあらわしています。

(2025年2月9日 日本基督教団足立梅田教会 主日礼拝)

2025年1月26日日曜日

イエスの最初の弟子たち

日本基督教団足立梅田教会(東京都足立区梅田5-28-9)

説教「イエスの最初の弟子たち」

マタイによる福音書4章18~22節

関口 康

「イエスは、『わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう』と言われた。二人はすぐに網を捨てて従った」(19節)

今日の聖書箇所は先週の続きです。主イエスがガリラヤ湖畔の漁師の町カファルナウムを最初の拠点として宣教を開始されました。その地で最も早い時期に取り組まれたことが、ご自身と共に働く仲間たちを集めることでした。

主イエスの仲間たちを「弟子たち」(ギリシア語:マテーテースの複数形マテータイ)と聖書は呼んでいます。これはユダヤ教の伝統が関係しています。主イエスは客観的に見ればユダヤ教のラビ(先生)でした。ラビには「弟子」がいます。ここで大事なことは、「弟子」という日本語の意味をよく考えることです。誤解している可能性があるかもしれません。

なぜこの問題が大事なのかといえば、教会の伝統によると、洗礼を受けてキリスト者になった人はすべて「主イエスの弟子」だからです。これは私たちに直接かかわる問題なのです。

わたしたちは、説教者の弟子ではありません。説教者も主イエスの弟子です。説教者は聖書から主イエスの言葉を聞いてみんなと共有しているのです。

今日の聖書の箇所は多くの方によく知られていますので、言葉の辞書的な意味の説明のようなことを詳しく申し上げる必要はないと思います。その代わり、雑談ではありませんが、私の個人的な体験に基づく話をさせていただきます。

「会社における上司と部下の関係」を私自身が近年体験したのは、前任教会に赴任した初年度の1年間(2018年4月から2019年3月まで)、教会の牧師として働きながら、アマゾンの倉庫で週30時間の肉体労働をしたときです。当時の時給は1000円でした。

今の私はアマゾンの宣伝をする立場にありませんが、いい会社でした。アマゾンを悪く言う人が多いことは知っています。肉体労働は過酷でした。しかし、人間関係は比較的良好でした。

私は肉体作業員でしたので、アマゾン側の「上司」と話すことはなく日本のパートナー企業側の「上司」に使われる立場でした。パートナー企業側の「上司」が作業員相手に暴言を吐いたり、ワーカー同士でトラブルが起こったりしたときには、アマゾン側の「上司」が迅速に動いて問題を解決してくれました。トラブルへの介入に躊躇がなく迅速で、公平性を重んじてくれました。

感動すら覚えたのは、作業時間内のトイレについてでした。最初のオリエンテーションのときに「トイレは人権問題なので完全に自由です。作業時間中だろうといつでも大丈夫です。わざわざ上長に許可を取る必要はありません」と宣言され、事あるたびに言い聞かされました。

アマゾンでは1年しか働きませんでしたので、深いところは分かりません。主イエスと「弟子」の関係との「違い」を言うとしたら、会社の場合は、給料と人事という強い権力を持つ上司と、使用される部下の関係ですが、主イエスと「弟子」の関係はそういうものではありません。

「学校における教師と生徒の関係」を私が体験したのは、アマゾンで働いた年の翌年(2019年4月)から昨年(2024年3月)までの5年間です。5年の間に3つの学校の聖書科非常勤講師として働きました。高校でも中学でも小学校でも働きました。

複数の学校だったことを強調する意図は、これから申し上げることの中に苦言の要素が含まれるからです。「どこの学校のことか」「だれのことか」と詮索しないでもらいたいからです。

学校というところは、驚くほど、昔と変わっていませんでした。私が高校生だった40年前と同じ空気が漂っていました。比較的若い世代の先生たちの中にそういうタイプの方々が多かった気がしますが、「生徒になめられてはいけない」と思っておられるのでしょうか、先生が生徒に強烈な威圧感を示そうとなさっているのが印象的でした。

私も他人(ひと)のことは言えません。私も何度か授業中に生徒を大きな声で叱りました。授業開始のチャイムが鳴っても、廊下にいる、教室内で立っている、しゃべっている、弁当や菓子を食べている、踊っている、などのときぐらいでしたが。

学校の教師と生徒の関係と、主イエスと「弟子」の関係の違いのほうも言うとすれば、果たして主イエスは弟子たち相手に「威圧」を示すような方だったかどうかをご想像いただけば分かることだと思います。

主イエスの最初の弟子たちは、今日の箇所に登場するペトロ、アンデレ、ヤコブ、ヨハネの4人でした。4人が同時だったという点は重要です。「ペトロは一番弟子でした」とよく言われますが、「最初のひとり」が強調されはじめると個人崇拝の危険性が生じます。

この4人は2人兄弟が2組。ツーペアです。彼らは漁師として海に網を投げていました(18節)。その彼らに、主イエスが「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」と言われました(19節)。すると、ペトロとアンデレはすぐに「網を捨てて」従いました(20節)。主イエスは、ヤコブとヨハネもお呼びになりました(21節)。彼らもすぐに「舟と父親を残して」イエスに従いました(22節)。

新共同訳聖書では、ペトロとアンデレは「網を捨て」ましたが、ヤコブとヨハネは「舟と父親とを残した」と訳されています。「捨てる」と「残す」が訳し分けられていますが、原文では同じ言葉(ギリシア語:アフェンテス)が使われています。

同じ言葉が別の訳語で訳し分けられている理由は不明です。「網」なら捨ててもいいが、「舟」はともかく「父親」を捨てていいわけがない、と訳者が考えたのでしょうか。文語訳聖書(1887年)でも、一方は「かれら直ちに網をすてて従ふ」、他方は「直ちに舟と父とを置きて従ふ」と、「捨てて」と「置きて」で訳し分けられています。しかし、原文は同じ言葉ですので、「網」も「舟」も「父親」も「捨てる」で統一するか、あるいは「残す」で統一したとしても問題ありません。

「問題ない」というのは「父親を捨てても問題ない」という意味ではありません。「舟と父親」という語順が大切であると記された註解書を読みました。納得できる解説でした。「舟と父親」という語順に表れた著者の意図は、この物語は「ヤコブとヨハネは子どものころからお父さんのことが大嫌いでした。いつか捨ててやると企んでいました。やっとチャンスが訪れました。その勢いで舟まで捨ててしまいました」という話ではない、ということです。

現代社会に「世襲」がどれほど生きているかは私には分かりませんが、その話です。先祖代々の家業を受け継いでいくこと。彼らはその世襲の定めから離れ、「家業を捨てて」主イエスの弟子になったという意味です。父親に対する憎しみがあったかどうかの問題は無関係です。

誤解のないように。「イエス・キリストの弟子」になるときは必ず「家業」を捨てなければならないという意味ではありません。

とはいえ、「世襲」を今でも重んじておられるご家庭では、親の側から切って捨てられるかもしれません。そういうことを覚悟しなくてはならない方がおられないとは言えません。まさに真剣勝負です。

そこから先は、ご本人と主イエスとの関係にかかっています。誰も手出しできません。

主イエスについていくか、ついていかないかは、あなた次第です。

(2025年1月25日 日本基督教団足立梅田教会 主日礼拝)

2025年1月19日日曜日

宣教の開始

日本基督教団足立梅田教会(東京都足立区梅田5-28-9)

説教「宣教の開始」

マタイによる福音書4章12~17節

関口 康

「ゼブルンの地とナフタリの地、湖沿いの道、ヨルダン川のかなたの地、異邦人のガリラヤ、暗闇に住む民は大きな光を見、死の陰の地に住む者に光が射し込んだ」(15-16節)

今日の箇所には、主イエスがガリラヤで伝道をお始めになったことが記されています。

「イエスは、ヨハネが捕らえられたと聞き、ガリラヤに退かれた」(12節)と記されています。ヨハネが逮捕されたので怖くなってガリラヤの潜伏先に逃げ込んだという意味ではありません。正反対です。逃げるどころか、公然と宣教を開始されました。

ヨハネが捕らえられたことと主イエスがガリラヤに行かれたこととの関係は、ヨハネについて「捕らえられた」と訳されている言葉(ギリシア語:パラディドーミ)に表れています。礼拝でこの言葉を繰り返し聞くのは聖餐式です。「主イエスは引き渡される夜、パンを取り、感謝の祈りをささげてそれを裂き…」(コリント一11章23節)の「引き渡される」が「捕らえられた」と同じパラディドーミです。

同じ言葉を用いることによって、著者マタイが、ヨハネの逮捕と主イエスの引き渡しを意図的に結び付けていると解説している註解書を読みました。主イエスの十字架に神の御心が働いていたように、ヨハネの逮捕にも、わたしたち人間には知りえない神の深い御心が働いているというのです。

そして主イエスは「ナザレを離れ、ゼブルンとナフタリの地方にある湖畔の町カファルナウムに来て住まわれ」ました(13節)。この箇所に「ゼブルンとナフタリ」という地名が記されていることが重要な意味を持っています。それは15節に引用されたイザヤ書8章23節で「ゼブルンの地とナフタリの地」が「異邦人のガリラヤ」と呼ばれていることと関係あります。

「ゼブルンとナフタリ」はガリラヤの東部地域を指します。そこが「異邦人のガリラヤ」となぜ呼ばれたかといえば、その地域がかつてエルサレム周辺とは別の国だった時代があるからです。それはイスラエル王国第3代国王ソロモンの子らの世代から始まる「南北王国時代」です。

新共同訳聖書の巻末付録「聖書地図」5をご覧になれば、北イスラエル王国と南ユダ王国の境界線が分かります。

南北分裂は前922年。サマリアが北王国の首都になったのが前9世紀ごろ(800年代)。

北王国がアッシリアのサルゴン2世に滅ぼされるのが前722年。

アッシリアをバビロニアが滅ぼすのが前609年初夏(山田重郎『アッシリア 人類最古の帝国』ちくま新書、2024年、309頁)。

バビロニアが南ユダ王国を滅ぼしたのが前597年です(各年号には諸説あります)。

イザヤ書8章23節を記したのは、前8世紀に活動した(第一)イザヤです。イザヤ書1章から39章までの著者です。このイザヤは「ガリラヤ」が北王国に属していた頃を経験的に知っています。

この時代の北王国の様子は列王記に記されています。「ガリラヤ」を含む北の歴代の王が、北の初代王ヤロブアム1世の名がついた「ヤロブアムの罪」と特に列王記が呼ぶ行為を続けた結果、モーセの律法の線を厳格に守る線から離れた、異邦人と大差ない生活様式で過ごすようになったと、保守的な人々の側から見えたようです。

イザヤが「異邦人のガリラヤ」と書いているのは、そのことです。エルサレム周辺に住む、神の戒めに忠実なユダヤ人からすると「異邦人のガリラヤ」は、軽蔑すべき対象でした。

「ヤロブアムの罪」とは、ヤロブアム1世が自国の求心力を生み出すためにベテルとダンに各1体「金の子牛」を置いて国民に礼拝させたこと、つまり偶像礼拝でした(列王記上12章参照)。

「ヤロブアムの罪」こそ北王国の滅亡の原因であるという立場で列王記は一貫しています。それに加えて、北王国は諸外国の宗教的な慣習や習俗を取り入れるようになりました。

北王国を含む地中海東岸地域へと、メソポタミアでバビロニアと勢力争いをしていたアッシリアが攻めて来ました。アッシリア最盛期の王、ティグラト・ピレセル3世(前745年から727年まで在位)によって北王国が滅ぼされました。そのことが、イザヤ書8章23節の「辱めを受けた」という短い言葉に込められています。

しかし、イザヤがその続きに、「後には海沿いの地、ヨルダン川のかなた、異邦人のガリラヤは栄光を受ける」と記しています。その意味は、屈辱の地ガリラヤの名誉を神が回復してくださるときが必ず来る、という希望のメッセージです。

今日、詳しい年号を挙げて説明させていただいたのは、これらの年号をすべて覚えてくださいと言いたいのではありません。細かいことはすべて忘れてくださって構いません。そうではなく、イスラエルの南北王国時代や、北王国滅亡が起こった時代は、主イエスが活動された紀元1世紀の人々からすれば、約900年前から700年前であるということをご理解いただきたいだけです。

わたしたちに当てはめて考えてみます。

今年は「2025年」です。900年引くと「1125年」です。700年引くと「1325年」です。それは紀元12世紀から14世紀までです。日本の歴史でいうと「平安時代末期から鎌倉時代まで」です。

足立区のホームページに「区の歴史」があります。その中の「鎌倉幕府と足立氏」のページに、次のように記されています。

「平安時代の終わりごろ、武蔵国各地で武士団が活躍し、足立軍には足立氏一族が勢力を持ちました。治承4(1180)年、源頼朝が平氏打倒のため立ち上がると、足立遠元も下総を経て武蔵に入る頼朝のもとに参じ、軍勢に加わりました。」

また、いつの時代のことかは不明ですが、これも足立区のホームページに「あだち」という名の由来が記されていました。

「足立区の周辺に葦(あし)が多く生えていて、『葦立(あしだち)』と言われたのが『足立』になったという説もあります。」

私が申し上げたいのは、千年以上も前の「あだち」と今の「足立区」との間に、何の関係があるでしょうか、ということです。

歴史ロマンとしてはたいへん興味深いものがあります。しかし、今の足立区はどこからどう見ても、葦(あし)しか生えていない原野ではありえませんし、「足立軍と源頼朝の関係」なども、今の足立区の存在とは無関係であるとしか言いようがありません。

主イエスの時代に「ガリラヤ」を差別していた人たちがしていたことは、今申し上げたのと同じようなことだと私は言いたいのです。何百年も前の歴史を引き合いに出して、相手をおとしめるようなことをしていただけです。

もうひとつ、エルサレム周辺の人は、「ガリラヤの方言」を聞き分けることができました。そのことは、主イエスが逮捕された夜、ペトロが主イエスのことを3度も「知らない」と否定した記事から分かります(マタイ26章73節、マルコ14章70節、ルカ22章59節)。しかし、方言差別などは最低の部類でしょう。

しかしまた、そう考えると、「ガリラヤ」を主イエスが福音宣教の出発点になさったことの意味がはっきり分かります。

「そんなくだらないことで、あなたがたは私たちを差別するのですか」と言いたくなるようなことで悩み苦しんでいる人々の側に毅然として立ち、その人々の心と体の痛みを受け止め、慰め、助けてくださるために、主イエスは「ガリラヤ」から宣教をお始めになったのです。

(2025年1月19日 日本基督教団足立梅田教会 主日礼拝)